僕とキーゼルバッハ部位の執着の話
はじまりは音だった。
僕は6歳から学校が嫌いで、いつも保健室にある備え付けの本を読んでいた。
いよいよ読む本もなくなってしまった8歳のころに、僕と“ヤツ”はポスターで出会った。
キーゼルバッハ部位だ。
「なんか響きがいいな」
キーゼルバッハ部位、キーゼルバッハ部位。一体なんなんだ。ポスターに何か書いてあるが“キーゼルバッハ部位”以外の文字を認識できなかった。
悶々としたまま、小学校は僕を送り出した。
そうして再びの邂逅となる。場所はインターネットだ。
15歳にして鼻血を出したことがなかった僕は、むしろ自発的に出そうとした。
なぜだったかは重要ではないので省くが、バキッ......ペッ で大体察しはついて頂けるだろうか。
一体どこが切れるんだろう。なぜ切れやすいんだろう。指先から出る血より黒い気がするのは何故だろう。
これらの疑問は一瞬で吹き飛ぶこととなる。
Q,「なぜ鼻血は出るのですか?」
A,「キーゼルバッハ部位が脆いためです」
キーゼルバッハ部位
なぜ?
キーゼルバッハ部位って、なに?
あまりのショックに気絶した僕は、逆にキーゼルバッハ部位も鼻血も、どうでもよくなっていた。
高校生にもなると、みな鼻血の話題で持ちきりだ。
柔道を担当する先生は鼻血が出やすい。受身を取るたびにティッシュを赤く染める。
そして何より、同じ体質の人間がもう一人。
山田だ。
キーゼルバッハ部位について誰よりも深い知見を持ち、誰よりも憎み、そして愛していた。
彼によると、キーゼルバッハ部位はいわゆる粘膜部分であり、個体差で強弱があるとのことだ。
僕はもう、キーゼルバッハ部位なんてどうでもよかった。山田が鼻血を出した時「キーゼルバッハ部位がっ!」というだけで笑いを取れることに、半ば満足していた。
先生と山田が珍しく鼻血を出さなかったある日、僕はシャワーを済ませ、布団に入ろうとしていた。
そのタイミングで気づいてしまった。
鼻血出てる
生ぬるい。
ティッシュを詰めた。洗面台へ駆けた。スマホで鼻の中を照らし、キーゼルバッハ部位を見つめた。
大量の血が逆流している。歯は赤かった。
キーゼルバッハ部位は、キーゼルバッハ部位はどうなってるんだ。
角度を調整して、目一杯に鼻を広げ、出血しているであろうキーゼルバッハ部位を、今______
キーゼルバッハ部位は、確かに出血していた。じんわりと水滴を作っていた。
「つっっまんね〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
キーゼルバッハ部位。
それは、名前の割に面白くない部位。